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ナスの花 -2004年08月17日

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ナスの花って見たことありますか?
(・・・って誰に語りかけてるんだろ)
ベランダで育てているナスの花がいくつか咲きました。きちんと実を結べばよいのですけど。
野菜の花って案外きれいなものです。

Posted at 16:54 | 植物日誌

松本城と常念岳 -2004年08月15日

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常念岳は安曇野の向こうに尖ってそびえる北アルプスの山岳です。

Posted at 21:36 | 渓流と山並と温泉と

ヒマラヤ杉 -2004年08月15日

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同じく旧制松本高校。
ヒマラヤ杉の木立で囲まれています。

Posted at 21:31 | 渓流と山並と温泉と

旧制松本高校 -2004年08月15日

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旧制松本高校(今の信州大学)。
当時の木造校舎が保存されています。
北杜夫の「どくとるマンボウ青春記」などにも登場します。

Posted at 21:29 | 渓流と山並と温泉と

梓川 -2004年08月15日

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朝方、雨が降って嫌になってしまっていたので、どうしようかと思い、とりあえず長野県側へ戻りました。
雨がやんだので、梓川で再度渓流釣りに挑戦。上高地から流れてくる渓流です。
イワナを釣りました。

Posted at 21:21 | 渓流と山並と温泉と

新穂高温泉の近く -2004年08月15日

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蒲田川も枝分かれして、山岳渓流といった趣です。
慣れていないと危険なのでこれ以上はパス。

Posted at 21:19 | 渓流と山並と温泉と

蒲田川のヤマメ -2004年08月15日

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きれいな斑点が目印です。
かわいい?

Posted at 21:17 | 渓流と山並と温泉と

鎌田川 -2004年08月15日

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槍ヶ岳・穂高岳から流れてくる蒲田川。
ヤマメ、イワナがいます。

Posted at 21:16 | 渓流と山並と温泉と

信州のコスモス -2004年08月15日

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信州はなぜだかコスモスの花をよく見かけます。たくさん咲いていました。
信州にはコスモスがよく似合う。

Posted at 21:14 | 渓流と山並と温泉と

テント -2004年08月15日

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さて、突然渓流釣りに行くことを決めましたが、お盆のいちばん忙しい時期。宿が空いていないため、本当に久しぶりにキャンプ場でテントを張ることにしました。しかも単独で。
最近のテントは収納時に本当にコンパクトなので、新しいのを買いました。
(しかし朝方に雨が降り、もう面倒になって2泊の予定を1泊で切り上げることになるのですが)。

Posted at 21:13 | 渓流と山並と温泉と

松本電鉄 -2004年08月15日

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週末から今晩まで、長野県~岐阜県方面に渓流釣りに行ってきました。
本当は春先がいちばんよい季節なのですが、今年はその頃は忙しかったので、夏にはどうしても行きたいと思っていました。
夏は暑いだけではなく川原の草木も生い茂るので、標高の高い涼しいところがよいのです。
そこで向かった場所は、長野県から峠(安房峠)を越えて岐阜県側の新穂高温泉です。ちょうど上高地とは北アルプスをはさんで反対側になり、蒲田川という渓流が流れています。
中央本線松本駅から、松本電鉄上高地線に乗り換え。

Posted at 21:10 | 渓流と山並と温泉と

お盆 -2004年08月12日

急に電話が少なくなりました。
やはりお盆は暇です。
こちらも休んだほうがよさそうです。

Posted at 12:42 | 仕事場日誌

梅ジュース -2004年08月11日

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ちょっと前のことですが、ダンボール箱一杯の梅を突然お客様からいただきました。事務所の中が甘酸っぱい梅の香りで満たされました。
と、ここまではよかったのですが、さて、これをどうしたものか。
インターネットで調べた結果、梅ジュースにするのが一番手っ取り早いだろうということで決断し、早速とりかかりました。
作り方は、梅と同じ重量くらいの砂糖を用意して、容器に、梅と砂糖を交互に入れていきます。蓋をして冷暗所に置いておきます。終わり。

不思議不思議。だんだんと梅のエキスがしみ出してきて、砂糖と溶け合い、どろっとした液体が容器の底に溜まっていきます。時々、容器をひっくり返して混ざって溶けやすくなるようにします。これで1週間程度でできあがります。
飲むときは氷を入れて、水で薄めます。

Posted at 19:44 | 四方山見聞録

ナス -2004年08月11日

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月の猛暑でいったん咲いた花も枯れてしまったのですが、なんとか復活し、いくつか蕾が出てまいりました。

Posted at 11:21 | 植物日誌

ニガウリ(ゴーヤ)の実 -2004年08月11日

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だんだん大きくなってまいりました。
いまのところ2つ。
ほかにも雌花の蕾はあるのですが、いくつできるかな?

Posted at 11:19 | 植物日誌

ログハウス -2004年08月09日

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旧山手通り沿いにあるログハウスの展示場です。
前を通るたびに、ここに住みたい、ここを事務所にしたいとの妄想にかられます。

Posted at 20:07 | 代官山・街の風景

旧山手通り沿いの風景 -2004年08月09日

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森の中のレストランといった感じの風景です。
このあたりは緑が多く環境のよいところです。

Posted at 20:05 | 代官山・街の風景
 

お気に入りのレストラン -2004年08月09日

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シェ・リュイ。
葡萄棚があります。

Posted at 20:03 | 代官山・街の風

西郷山公園の鳩 -2004年08月09日

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クックウ・・・。

Posted at 20:02 | 代官山・街の風景

西郷山公園 -2004年08月09日

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事務所のある代官山駅周辺から旧山手通りに沿って10分ほど歩いていくと、西郷山公園があります。張るには桜が咲きます。
高台にあるため、眺めがよくとても気持ちのよい公園です。
昼食の帰り道にて。

Posted at 20:00 | 代官山・街の風景

アドレスガーデン代官山 -2004年08月08日

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事務所のある建物です。
1Fにはアパレルショップ、2Fにはヘアサロンが入っています。
本当は飲食店があるといいのだけれど、なくなっちゃいました・・・。

Posted at 20:39 | 事務所風景

事務所の中 -2004年08月08日

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右側が自分のデスクです。
左の席は空席です。
窓の外は、目の前の建物が代官山アドレスのタワーです。
ここは5階建ての3階です。

Posted at 20:26 | 事務所風景

訴訟代理人になる資格 -2004年08月08日

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ちょっと古い話ですが、特許庁が2003年12月25日に、平成15年度特定侵害訴訟代理業務試験の合格者を発表しました。特定侵害訴訟代理業務試験に合格しました。

特定侵害訴訟代理業務試験は、2003年1月に施行された弁理士法により、弁理士に、知的財産の侵害訴訟での訴訟代理人となることが認められたことを受けて、「信頼性の高い能力担保措置」を講じた上で特許権等の侵害訴訟代理権を付与することになったものです。

初年度にあたる今年度の合格者数は553名。合格した弁理士は特許権等の特定侵害訴訟に関して、弁護士とともに訴訟代理人となることができます。
著作権に関する訴訟はできない、弁護士とともにでなければできないなど、現時点ではまだ制約があります。

が、いまのところ特にそういう仕事は来ません(笑)。

Posted at 15:12 | 弁理士生活

どくとるマンボウ青春記(北杜夫) -2004年08月08日

「こうして二十年以上経っても鮮明に網膜に残っているのは、信州のひえびえとした大気の中にひろがる美しい山脈(ヤマナミ)である、殊にその秋の私の心象を映してか、夕暮の光景ばかり思いだされる。
 西方のアルプスの彼方に日が落ち、松本平を薄もやがおおい、山々はうす蒼く寒々とした影となって連なっている。草の実はいつ知らず地にこぼれ、うら枯れかかって霜を待っている。--そうしたもの寂しい光景だ。」

「三日後、私は松本の駅を辷りだす汽車のデッキに立ち、去りゆく信州の自然に最後の一瞥を投げた。
 南松本の駅近くでは、西寮の建物が、今更のようにこんなひどかったのかと思われるほどボロっちく建っているのを見送った。それから汽車が塩尻に近づくころ、ほんのしばらく北アルプスの前衛の山の背後に垣間見える黒白だんだらの穂高の姿。
 それらは否応なしに別れざるを得ない青春--当時はそういう言葉を使う気がしなかった。ただ、痛切な追憶のぎっしりつまった何ものか、という感じであった--の最後のなごりのような気がした。
 穂高の姿が消えると、私は汽車の座席に戻り、おそらくはうつろな目つきで、文庫本のランボーの詩集を読みはじめた。」

 何度も繰り返し読んでボロボロになった、こうした文庫本を片手に、夏に松本の街に一人で列車に乗って行き、冬に松本の街に一人で列車に乗って行っていたのが、高校生の頃の自分です。
 その頃のことも含め自分の精神の形成過程を小説にしようとして途中まで数十枚、十年以上前に書いた原稿が、ごく最近発見されました(笑)。
 小説は社会人になってからも書いたことがありますが、新人賞の予選通過止まりでした。

Posted at 00:46 | 生い立ちの記

トニオ・クレーゲル(トーマス・マン、高橋義孝訳) -2004年08月08日

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「しかしトニオ・クレーゲルはなおしばらく冷えきった祭壇の前に佇んで、誠実というものが、この地上では不可能であることを見て、驚きと失望とを味わっていたが、やがて肩をすくめて、それから自分の道を歩いて言った。」

「自分は君たちを忘れていただろうか、と彼は自問した。いや、片時も忘れはしなかった。君も、ハンス。それからおまえも、金髪のインゲ。自分が仕事をしたのは、君たち二人のためだったのだ。そして自分は喝采の声を耳にするとき、こっそり周囲を見回してひょっと君たちもその中にいてくれるのではないかと思ったのだ。(中略)・・・・・・もう一度やり直す。しかし無駄だろう。やはり今と同じことになってしまうだろう。--すべてはこれまでと同じことになってしまうだろう。なぜならある種の人々はどうしたって迷路に踏み込んでしまうからだ。それは、彼らにとってそもそも正道というものがないからである。」

「彼は自分の加わることのなかった舞踏会に酔い、嫉妬の情に疲れた。昔と同じことだった、全く同じことだった。顔をほてらせて彼は薄くらがりに佇み、彼らのために、あの金髪の、生きいきとした、幸福な人々のために心を痛ましめて、やがて寂しく立ち去ったのだ。誰か来てくれなければいけないのに。インゲボルクは今こそ来てくれなければいけないのだ(中略)・・・・・・けれど彼女は絶対に来はしなかった。そういうことはこの世では起らぬのである。全く昔と同じことだった、そうして彼は昔と同じように幸福だった。彼の心は生きていたからである。しかし彼が現在の自分を作り上げた歳月を通じていったいそこに何があっただろうか--凝固、荒涼、氷結、そして精神、そして芸術であった。」

Posted at 00:41 | 生い立ちの記

「生ひ立ちの歌」中原中也 -2004年08月07日

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   Ⅰ

   幼年時
私の上に降る雪は
真綿のやうでありました

   少年時
私の上に降る雪は
霙(ミゾレ)のようでありました

   十七-十九
私の上に降る雪は
霰(アラレ)のやうに散りました

   二十-二十二
私の上に降る雪は
雹(ヒョウ)であるかと思はれた

   二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪とみえました

   二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました・・・・・・

   Ⅱ

私の上に降る雪は
花びらのやうに降つてきます
薪の燃える音もして
凍るみ空の黝(クロ)む頃

私の上に降る雪は
いとなびやかになつかしく
手を差伸べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額に落ちもくる
涙のやうでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生したいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔でありました

Posted at 22:17 | 生い立ちの記

仕事場からの眺め -2004年08月07日

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目の前には広場、目の前が大きくひらけています。東京にしては緑も多いところです。
東京タワー、六本木ヒルズなども見えます。

Posted at 20:38 | 事務所風景

事務所風景 -2004年08月07日

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週に1回、事務員が来ます。経理などをやってもらいます。
彼女は結婚していて、自宅でネットショップやアロマセラピーのサロンをやっています。
昔、特許事務所に勤めていたときにそこにいた人です。
苦情が来るかもしれないので(笑)、顔はぼかしてあります。ヤバイものではないのですが(笑)。

本棚はすぐに足りなくなります。知的財産、法律関係の本のほか、インターネット、コンピュータ、ビジネス書、資産運用、アウトドア、インテリア、デザイン、その他のいろいろな本があります。

Posted at 20:36 | 事務所風景

外来魚・信州サーモン -2004年08月07日


長野県水産試験場が、外来魚のニジマス(レインボートラウト)と、外来魚のブラウントラウトとを遺伝子操作により掛け合わせて、新種の魚を誕生させたとの報道がちょっと前にあった。
信州サーモンと名づけられたが、そもそも、トラウトは鱒であって、サケ・マス科の中でもサーモン属には含まれないことは、水産試験場であれば当然にご存知のはずである。
信州の水産試験場であれば、イワナやヤマメ、アマゴという本来の渓流魚について取り組むべきではないのか。税金を使ってやるべきことはいくらでもほかにある。
ちなみに、岩魚が名物の上高地では、梓川に泳いでいる魚には岩魚もいるが、戦後ブラウントラウトなどを放流したために交雑が進み、あの美しい水の流れの中では、とうの昔に生態系が破壊されている。上高地へ行く途中の梓川も砂防ダムで寸断されズタズタである。

(長野県水産試験場へのメール)
信州サーモンなどという気持ちの悪い魚を作らないでもらいたいと思います。
岩魚、あまごなどならともかく、そんなものは食べたくもないです。
こんな魚が自然界に放流されたり逃げ出したりしないことを水産試験場では保証できるのか、万一逃げ出したりしたらブラックバス等と同様に外来魚の駆除対策をされるのでしょうね?
そもそもこんな遺伝子操作をした生き物を増殖させる権利が水産試験場にあるのか、本当に鬱陶しいニュースとしか思えません。

Posted at 15:23 | もの思う葦

吊り橋 -2004年08月06日

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東急東横線・代官山駅から、事務所のある代官山アドレス方向へは、写真の吊り橋を渡ります。

Posted at 20:23 | 代官山・街の風景

同潤会アパート -2004年08月06日

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代官山駅前の、高層マンションやショップがある代官山アドレス一帯は、以前は鬱蒼と茂る森の中に古ぼけた低層の建築物が建ち並ぶ不思議な空間でした。
この同潤会アパートは、建築史的には非常に貴重なもので、先般取り壊された表参道にあったものも関連する建築でした。

駅前の代官山公園には、当時の樹木が移植され、わずかに当時の面影を残すのみです。

Posted at 20:22 | 代官山・街の風景

なんとなく気に入っている風景 -2004年08月06日

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ちょっと外国の楽しげな街並っていう感じです。
絵画的な風景だと思います。ときどき、このあたりを絵に描いて見たらと思います。

Posted at 20:21 | 代官山・街の風景

代官山アドレス -2004年08月06日

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駅前から八幡通り沿いには、アパレルショップ、カフェ、雑貨屋などいろいろなショップがあります。
ただ、毎日仕事をしている身としましては、普通の本屋、文房具屋、定食屋、居酒屋などがほとんどなく、基本的なところで問題があります(笑)。
写真は代官山アドレスの商業施設「ディセ(17)」。事務所からは徒歩1分もかかりません。

Posted at 20:19 | 代官山・街の風景

バス -2004年08月06日

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代官山~渋谷を循環して走る、小型のちょっとお洒落なバスです。女性が運転していたりします。

Posted at 20:18 | 代官山・街の風景

仕事場日誌 -2004年08月06日

このページは、きちんと仕事をしているかどうか、自分で自分を監視するためのものです。
が、さっそくサボっているように見えます。
サボるときは、読書かインターネットか散歩です。しかし色々な案件の仕事をし、さらに経営に頭を悩ませることもありますので、気分転換は必要です。

Posted at 20:16 | 仕事場日誌 |

ニガウリ(ゴーヤ) -2004年08月06日

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事務所のベランダで育てている野菜たち・・・。
これまでにラディッシュ、小松菜、野沢菜、ホウレンソウ、シソ、エダマメ、米、トマト、ニンジン、ダイコンなどいろいろなものに挑戦してみました。
夏の暑さと乾燥のせいでなかなかうまくいかないのですが、ニガウリ(ゴーヤ)は元々は暑いところの植物のせいか、なんとか花が咲いて実を付けはじめました。

Posted at 20:12 | 植物日誌
 

応接の絵 -2004年08月06日

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応接のところの壁に掛けてあるのは、高校生の時に描いた油絵です。
八ヶ岳の冬の高原から西の方の麓を眺めた風景です。

応接のソファはIDEEで買いました。ちょっと古ぼけてきています。

Posted at 20:04 | アートのある風景

渓流釣りはどこまでも -2004年08月06日

弁理士試験のつらい生活に入る前の頃、一人で北海道を旅したことがあります。

知床のオホーツク海側から太平洋側へ、さらに釧路湿原を通って釧路まで、マウンテンバイクで(笑)、しかもテントや釣竿を積んで(笑)、旅しました。
距離にして200キロで1週間くらいだったかな?
知床峠を自転車で越えたのは無謀でした。いま調べたら標高差にして738mでした。途中で真っ暗になってしまい、しかもまだまだ登り坂。車も通らない登り道が闇の中に続いている。道路沿いの森の中から、得体の知れない獣の声や、自転車のライトにビックリして動く獣の大きな音だけが聞こえて恐ろしい。
でも鮭が釣れました。

長野県側で釣りをして、そのまま釣竿担いで北アルプスの槍ヶ岳、穂高に登り、岐阜県川に下りてそのまま釣りをしたこともあります。アホですね。。

車では、長野県内を、やはりテントや釣竿を積んで(笑)、3日間で1000キロ走ったこともあります。
地図を見て、川や地形などを想像して、このあたりはどうなっているのだろうと、自分だけのお気に入りの場所を探すために魚類の棲息調査(笑)をしたのです。

最近はこのようなことはできません。いつの日か(笑)。

Posted at 20:01 | 渓流と山並と温泉と

ファルージャ -2004年08月06日

イラクのファルージャの戦闘後、目の治療のため来日したイラク人の男児モハマド・ハイサム・サレハ君(10)についての報道が、ひと頃新聞を賑わした。
善意の賜物のような記事であったが、どうにも違和感があった。

ファルージャの戦闘では、日本人人質事件などもあって多数の死傷者が出たが、たまたま目の負傷だけで済んだのがモハマド君であったわけである。
その他の善良な住民であったイラク人についての報道がきちんとなされているのを目にしただろうか。
同盟国としてアメリカに逆らえず、やり切れない、もてあまし気味の罪悪感を晴らすために、たまたま一人のイラクの子供に対して善意を与えてお茶を濁しただけである。日本では、マスコミ報道は機能していない。

Posted at 15:19 | もの思う葦

どくとるマンボウ青春記(北杜夫) -2004年08月06日

ポウポウと竹を吹く
一点の赤きものをどりて
つかのま火の粉をちらせば
やうやくに黒き灰どもヤケドを起し
ボウボウと叫びをあげぬ
昨日はすでになく
今日のことはあと半日の思ひなり
理解されざるを憤るにあらずして
むしろ理解しあたはざるを憤るなり
くやしくやし
さればフンヌを叩きつけんとして
無性にポウポウと竹を吹く

青きほのほ
ボウボウと音を発すれど なほわが心なぐさみがたし
赤き火の粉舞うては消え
何もののくすぶるかいたき煙にわれは涙ながせり
涙ながるれどもなほフンヌやりがたくして
ボウボウと力をこめて竹を吹く

ライ病患者のごとき男 今日も町にて会へば
かぶりしマントの中からニヤリと笑ひて
手をとり映画を見んと誘ふにあらずや
断れば即ちかくしより短き喫ひがらを出し
われに与えんと 言ふにあらずや
なほ人あり ストーブの煙に隠れて
授業中に喫ひて快なりと誇る
なほ人あり フランスの話をして去りぬ
なほ人あり 会ふや直ちに人を面罵し
人のパンを奪ひ食ひて得々たり
なほ人あり 人の顔を見るやをかしげに笑ひて去りぬ
ああ フンマンは大地に満てり
さればポウポウと竹を吹く

十二月の松本の空気は
すでに石のごとくに固し
傷口はうづきてコタツは未だ寒し
われの心氷より冷くしてかつ熱気をはらむ
おのが胸中のわれにも不明なるをもって
おのが心にあきれかへりしをもって
何が何やらわからなくなりしをもって
ただヤケなり ポウポウと竹を吹く

隣室の幼子は悪魔よりみにくし
その泣声は今は耐へられず
今宵彼女をしめ殺す夢を見ざれば幸なり
炭は赤く叫びたれど
火の粉をどれど
ああ 人々々々
われの憤りはやまず
世にわれあることも瞬時にして堪へがたし
されば むやみにポウポウと竹を吹く

Posted at 00:29 | 生い立ちの記

思い出 -2004年08月05日

「黄昏のころ私はおばと並んで門口に立っていた。叔母は誰かをおんぶしているらしく、ねんねこを着て居た。その時の、ほのぐらい街路の静けさを私は忘れずにいる。・・・」(太宰治「思い出」)

「人はなぜ追憶を語るのだろうか。
 どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。--だが、あのおぼろな昔に人の心にしのびこみそっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識に続けながら、なぜかふっと目ざめることがある。わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕が、自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持がするのだろうか。」(北杜夫「幽霊」)

「ゆうぐれ、川原の土手の草のなかに、ぼんやりと寝ころんでいた。見あげる空が突きぬけてひろかった。
 川水の音を聞きながら、ぼくは考えた。空のふかさについて。そのふかさにつもる時間について。時間のひとすみにうごめく人間について。
 そしたら思わずくしゃみがでて、ぼくというちっぽけな人間なんか、世にもつまらなく思われた。そこらにころがっている木の根っこと変りがない。そんなふうにして、ぼくはたそがれてゆく空のかげりを長いあいだ眺めていた。このまま木の根っこになってしまえばよい。わざと、木の根っこのふりして、じっとしていた。」(北杜夫「少年」)

Posted at 19:45 | 生い立ちの記

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